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株式会社JERA

『ビッグデータ・ベースボール』トラヴィス・ソーチック

3つ目のジャンルは「スポーツ」です。

野球を見ている方はご存じかもしれませんが、近年野球についての科学的なデータ分析が著しい進歩を遂げています。特にアメリカのメジャーリーグ(MLB)では、投げられたボールの回転数・打球の射出角度などを瞬時に測定できるようになっており、専門家によるデータ分析が球団の成績を左右する重要な要素となって久しいです。

この本は、20年連続で負け越しという不名誉な記録を作っていた弱小球団・パイレーツが、データ分析の力により強豪へと生まれ変わった2013年シーズンを描いています。

野球とデータ分析と言えば、2003年に出版されたベストセラー『マネーボール』を思い出す人もいるでしょう。しかし『マネーボール』で描かれたのは、MLBにおけるデータ分析の活用が始まったばかりの黎明期であり、今やかなり古い戦略となっています。

つまり『ビッグデータ・ベースボール』は、古典『マネーボール』を最新版へとアップデートしたものなのです。(なお現在、2015年に出版された『ビッグデータ・ベースボール』で描かれた戦略は、既に一部が古び始めています。野球界の進歩は速いです。)

この本は様々な読み方に開かれています。統計学に詳しい人はその視点から読むことが出来るかもしれません。野球に詳しい人はパイレーツの快進撃に興奮し、新しい数値指標を知る楽しみもあるでしょう。どちらもさっぱりな人は、登場人物たちの人生模様をつづった群像劇として味わえます。

個人的には、球団内部での徹底したコミュニケーションにも驚きました。データ分析から導かれた戦略を関係者へ上意下達で命令するのではなく、意見が異なる選手やコーチにもあくまで丁寧に説明、現場知識とのすりあわせも行って、多くの人に心から納得してもらうのです。専門的知識をその価値を損なわずに集団全体へ循環させるにはどうすればよいか、という専門知コミュニケーションの一事例としても読めるんじゃないでしょうか。

『ロジ・コミックス』アポストロス・ドクシアディス他

4つ目のジャンルは「学問全般」です。

今回はその中でも異色なものを取り上げようと思います。題名に「コミックス」とある通り、これはれっきとした漫画です。

軸となっているのは、イギリスの数学者/哲学者バートランド・ラッセルです。ラッセルは、自らの生涯を中心としつつ、20世紀前半の論理学の歴史を振り返ります

論理学はもともと哲学由来の学問ですが、現代ではその営みは数学に近いものです。20世紀前半には、論理学の研究を通して数学を基礎付けようとするディープな議論が闘わされました。確実で揺るぎない真理を求めた英才たちの営みは、ラッセル自身やゲーデルの発見により、(一応)失敗に終わります。しかし予想外にも、彼らの研究は、今日誰もが恩恵に預かっているコンピュータの技術を生み出す源泉となったのです。

この本は、以上の筋書きにとどまらない数多くのテーマを含みます。真理について限界まで考え抜く論理学者・数学者は、狂気に陥るという悲劇的宿命から逃れられないのか? 真理の探究や社会問題の解決において、人間の理性は信頼できるのか? そこに上重ねするように突然のギリシア悲劇が挿入され、『ロジ・コミックス』作者達のメタ発言もなされ、混沌としてきます。

内容自体も平易とはいえません(私もギリシア悲劇は最初分からなかった)。「漫画で分かる〇〇」系の本とは全く別物です。

にも関わらず、この本には飽きずに手に取ってしまう妙な中毒性があります。論理学が魅力的なテーマだからでしょうか。自己言及をモチーフにした本の仕掛けが思考を誘発するせいでしょうか。ウィトゲンシュタインやゲーデルの奇人ぶりが面白いせいでしょうか。ラッセルの女性関係にハラハラするからでしょうか。是非ご一読ください。

こうして全て書き終わってみると、ジャンルを散らしたはずなのに、波瀾万丈な人生を描写したノンフィクション要素のある本ばかり集まりましたね。

この記事を執筆したおかげで、期せずして自分の読書の傾向に気づけました。依頼された時は困ったと思っていましたが、書いて良かったですね。

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この記事を書いた人

豊岡

東大クイズ研究会OBのライターです。日本なら福岡ソフトバンクホークス、アメリカならオークランド・アスレティックスのファンです。日常生活では誰にしゃべっていいのか分からずお蔵入りになるタイプの感動を、少しでも記事に落とし込んでいけたらと思います。よろしくお願いします。

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