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 世の中に芸術家と呼ばれる人は沢山いますが、「天才芸術家」と聞いて真っ先に思い浮かぶのはきっとパブロ・ピカソでしょう。

パブロ・ピカソ(1962年撮影)

《ゲルニカ》など数多くの名画を描き、今に至るまで絶大な評価を得ているピカソですが、その絵のほとんどは「わけのわからない」ものばかりです。子供にも描けそうな絵とも言われます。

少し古いですが、「ピカソより普通にラッセンが好き」というお笑い芸人のネタもありました。確かにどう考えても綺麗でわかりやすいラッセンのイルカの絵に比べて、ピカソを普通に好きになれる要素は見当たりません。

ではそんなピカソが教科書に載るような巨匠として扱われ、ここまで凄いと言われているのは何故なのでしょうか。

圧倒的な技術力

まず、ピカソの絵が「良い」か「悪い」かはさておき、「上手い」絵であったことは確かです。

《科学と慈愛》1897,ピカソ美術館

この絵は《科学と慈愛》という題で、ピカソがわずか15歳の時に書き上げた大作です。この時点で類稀なる画力を身につけていたことがわかります。

ピカソの父親・ホセは美術教師であり、ピカソが幼い時から厳しいデッサン教育を施しました。そうして少年時代に培われた、絵を描く上での圧倒的な「画力」がピカソの絵を支えていると言えます。

後年にはそれこそ「子供が描いたような」とても写実的とは言えない絵を多く残したピカソですが、そのような絵も土台にはこの画力があり、とても誰でも描けるような線ではないのです。

新しい絵画を切り開いた

ピカソといえば、ジョルジュ・ブラックと共に「キュビスム」という絵画様式を生み出したことで知られています。

キュビスムとは、人や自然の立体的な風景を全て複数の視点から見た幾何学的な形で捉え、平面にそのまま表す様式です。描かれているそれぞれの構成要素が立方体(キューブ)のように見えることからキュビスムと呼ばれています。

私たちは普段、ものを一つの視点からしか見ることができません。例えばサイコロのある一つの面を見るときには、その反対側の面を見ることはできないようにです。しかしキュビスムでは全ての面を同時に描くことで、見る側の視点を超えた、物や人の本質に迫ろうとしました。ピカソは現実をただ模倣するだけの絵画をやめることで、より「純粋な絵画」を目指したのです。

つまり、目に見えるものをあらゆる角度から分析することで、三次元の物体をそのまま二次元に展開しようとする試みがキュビスムなのです。

《アヴィニョンの娘たち》1907,ニューヨーク近代美術館

一見奇抜とも言えるこのキュビスムがなぜこんなにも評価されたのかと言えば、それはキュビスムが旧来の遠近法に縛られた絵画を破壊し、全く新しい道を切り開いたからです。

目に見えるものをそのままではなく幾何学的な形として捉えるというのはピカソに始まったことではなく、「近代絵画の父」とも呼ばれるポール・セザンヌが編み出した手法です。

しかしピカソはそのセザンヌの手法を極限まで推し進め、自然の単なる捉え方にとどまらず画面全体を覆うような平面での立体表現を生み出してしまったのです。

ピカソは初期の「青の時代」や「ばら色の時代」から後期のシュルレアリスム(超現実主義)的な作品を描く時代など、その生涯で幅広いジャンルの絵画に取り組みました。彼が制作した作品数は15万点にものぼり、「最も多作な芸術家」としてギネスブックにも記録されています。

抽象絵画で有名なアメリカの画家ジャクソン・ポロックは、ピカソの画集を床に投げつけ「ピカソが全部やっちまった!」と叫んだという逸話が残っています。

それほどまでにその人生で絵についてやりつくし、描くことを極め切ったのがピカソなのです。

ピカソというスター

たとえピカソの技術がいかに優れどれほど革新的であったとしても、その作品に何百億もの値段がつくのはおかしいと思う人も多いのではないでしょうか。

ここで気をつけなければならないのは、作品の価格=作品の価値では必ずしもないということです。

ピカソが活躍したのは20世紀初頭のことで、ちょうどオークション市場が活性化し、「アートがビジネスとして」見られるようになった時代でもありました。

そこで時代の最先端を走り新しい絵画をひっさげ登場したピカソは、まさに市場にとって待望の存在。多くの投資家やコレクター達に次々作品が買われていきました。このある意味バブルとも言える状態で、ピカソの絵の値段は跳ね上がっていくこととなります。

こうした背景もあり、ピカソはゴッホのように貧しい中で絵にしがみついていたような画家ではなく、比較的裕福な中で制作に没頭することのできた芸術家です。キュビスムを象徴する作品である《アヴィニョンの娘達》も、生活への心配がない中で売れるかどうかを考えず、純粋に表現を突き詰めることができたために生まれた作品でした。

芸術を追い求めるピカソと、その作品を望むマーケット、更には新たな美術をたしかなものにしようとする美術館が一体となって作り上げたのがピカソというスターなのです。

まとめ

生涯作品を作り続け、また多くの愛人とのスキャンダルでも知られるピカソはまさに今の「芸術家」のイメージを作り上げた張本人です。

確かにピカソの絵はよくわからないものばかりかもしれませんが、そこには確かな表現と美術としての大きな意味があります

それを踏まえると、「普通にピカソが好き」と少しでも思えるようになるのかもしれません。

参考文献

  • 『ピカソは本当に偉いのか?』西岡文彦(新潮新書)
  • See Lee Krasner Pollock, "An Interview with Lee Krasner Pollock by B.H.Friedman,"in Jackson Pollock:Black and white, exh. cat. (New York: Marlborough-Gerson Gallery,1969)
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この記事を書いた人

志賀玲太

志賀玲太です。東京藝術大学美術学部芸術学科を卒業。なんだかよくわからない記事を書きます。大概のことは好きです。

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