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コジマではない(これは偽)です。

論理学の世界では、「×××ならば△△△である」の×××が偽、つまり事実と異なる内容であれば、△△△に何を入れてもこの言説が正しくなる、ということが知られている。

要するに、「豊臣秀吉が令和2年に生きていたらフライドチキンは豚肉で作れる」みたいなとんちんかんな文章が、論理学の上では正しいということになる。

しかし、こんな文章が「正しい」なんて、直感的に考えると何とも受け入れがたい。

直感で考え続けても受け入れられないことは変わらない。「論理学の上で」と言うからには論理的に確かめてみよう。

頭がこんがらがりそうな解説

「○○○である」や「×××ならば△△△である」のように、それが正しい(=真)か、正しくない(=偽)かのいずれかに定まる言説のことを命題と呼ぶ。×××や△△△の中身も命題であり、ある命題を否定したり、命題どうしを「かつ」「または」「ならば」で結んだものもまた命題である。……少しまどろっこしい説明だが、数式である1+3や5×7を(1+3)-(5×7)と繋げたものもまた数式である、ということに似ている。

命題PとQに対して、「PならばQ」という命題を考える。「PならばQ」は命題なので、真か偽が決まるはずだ。

まずPが真だとすれば、Qが真ならば「PならばQ」は真、Qが偽ならば「PならQ」は偽である。これは直感的にも正しいと分かる。

一方で、Pが偽であるとき、「PならばQ」をどう扱えばよいのか。直感に基づくと「前提が絶対に成立しない命題とは……?」となってしまう。

Pが真であれば「PならばQ」の真偽はQに一致するが、Pが偽のときに「PならばQ」はどうなるのだろう

Pが偽であるときの「PならばQ」を考えるために次の命題を使ってみる。

「『AならばB』かつ『A』ならば『B』」は真

例えば、

  • この料理がフライドチキン(A)であればこの料理には鶏肉が使われている(B)という事実があり(この時点では「この料理」がフライドチキンであるどうかは不明)、
  • かつこの料理はフライドチキンである(Aが真)のであれば、
  • この料理には鶏肉が使われている」、つまりBが真であることが導ける。あたりまえ体操。

このように、「『AならばB』かつ『A』ならば『B』」という関係は常に成立するから、「『AならばB』かつ『A』ならば『B』」は真、ということが普遍的にいえる。ちなみにこの命題を論理学ではモーダス・ポネンスと呼び、最も基本的な推論規則のひとつである。

Aが偽のとき、

『(偽)ならばB』かつ『(偽)』ならば『B』」は真

「XかつY」はXとYが両方とも真のときのみ真となるので、下線部の命題は偽だ。つまり……

       (偽)       ならば『B』」は真

であることが分かる。


このルールでとんちんかんな命題を作るとき、「PならばQ」のPには常に偽となる命題を当てはめる。難しい言い方をしたが、要するに「(適当な嘘)ならば(好き勝手な命題)」という命題なら何でも正しい。

豊臣秀吉は慶長3年8月18日に亡くなっているはずなので、「豊臣秀吉が令和2年に生きている」という命題は恐らく偽である。これをPに置いて「豊臣秀吉が令和2年に生きていたら」とすればQでは何を言ってもよく、「豊臣秀吉が令和2年に生きていたらフライドチキンは豚肉で作れる」という命題が正しくなるという訳だ。

「矛盾からはあらゆる命題が導ける」ことを、あらゆる命題が導けてしまうので「爆発律 (principle of explosion) 」と呼ぶ。基本的に爆発律は認められるが、爆発律を認めない、より直感に近い論理体系も提案されている。

この記事を書いた人

コジマ

京都大学大学院情報学研究科卒(2020年3月)※現在、新規の執筆は行っていません/Twitter→@KojimaQK

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