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株式会社JERA

他にも伊沢が語りたい「M」がある

マーク下は多くの人にとってのMではないとしよう。それでもなお、もっと適切な、伏せ字にする意味のあるMが渋谷にはまだ存在している。

 

ムスカンである。

 

かつてQuizKnockの動画でも須貝さんが言及していた気がするが、ムスカンは駒場の学生御用達のカレー店である。ナンで食べるタイプの。異国情緒を感じられる落ち着いた店内と、本格的な味が魅力だ。

▲画像はイメージ

それゆえ、広すぎず狭すぎずの店内には昼夜ともに東大の学生がよく滞在している。特に夜は、適度な値段設定と、キャンパスへの近さゆえ研究室やゼミの打ち上げに使われることが多い。学生と大人の交じる飲み会では定番のスポットなのだ。

私は本郷のゼミ生だったこともあり、ムスカンには数えるほどしか行ったことがない。ちょっと価格帯が高いので、貧乏学生には厳しかった。行けるとしたらお金を出してくれる大人との飲み会のみ。緊張の記憶ばかりが蘇る。

そんなムスカンから距離をおいていた自分にとって、人を待つ場所は「J」であった。

今はもうなくなってしまった中華料理屋、その名も「J」は、いつでも予約の取れる空席具合と、「ハチ公餃子」100円、酎ハイ3杯500円などの狂気的価格設定により一部の学生に愛された名店である。券売機を「セルフチャイナシステム」と呼ぶそのセンスも含め、間違っても研究室の飲み会では使えない店だ。

▲むしろ伊沢の心にあったのは「J」だった(画像はイメージ)

大学4年次、卒業旅行に行く同級生たちを尻目に、相手もお金もない自分はただサワー片手に100円の餃子を口に詰め込んでいた。

友達もいない、成績も良くない、目標もない……そんな日々において自分は、皆の憩いの場であるムスカンを疎ましく思い、Good nightしようとしていたのである。こじんまりしたお店ゆえ、曲中で店名を直接出してのGood nightは憚られたのだろう。

……また暗くなってしまった。今思えば、ムスカンに集う人たちは何も悪くない。いいお店である。弱かった自分が、悪いだけなのだ

「東大あるある」はもう Good night

もうひとりよがりはやめよう。もっと万人に渋谷で待たれている、うんざりするやつが確かに存在する。

私自身も、この「待ち」にハラハラさせられることしきりだった。運悪くそのMに出会ってしまったときには、このまま逃げ出して家でGood nightしたいなと何度も思った。

 

そう、萬子マンズである。麻雀の、だ。

▲漢数字がついているあの牌

捨てた牌を見るに、明らかに萬子を待っている他家。それでも、もう萬子以外に捨てられる牌がない。ここで攻めなければどっちにしろ敗北。そんなとき、思わず恨み言が口をついて出る。Mめ……!

多くの東大生は麻雀の知識を身につけており、日々渋谷で暑い夜が繰り広げられていた。近年は便利な個室雀荘も増え、気軽に卓を囲むことができる。たかが遊び、されど遊び。牌を握ると、まるでそこに人生のすべてがあるかのように熱中してしまうのが麻雀だ

中学生で覚えたネット麻雀は、大学生になるとリアルな卓での勝負へと場を移し、一層自分を真0じゃんの世界へと駆り立てた。没入感が、うまくいかない現実のすべてを忘れさせてくれた。俺の目をかわすGood Chance。偶然なんか待てない。この局、何が何でもアガってみせる!

……それでもなお、相手の「ロン!」の発声を恐れて、萬子が手から離れない。「加賀百万石ってアリ?」と、ローカル役満で待ちにカマをかける。「そもそもその役、知らないんだけど」で一蹴されるレッドヘリング。すべてを忘れて、勇気だけで指から放たれた一牌が、地獄への片道切符だ。

虚しさを抱えて、スクランブル交差点の前に立つ。俺は何のために、この街にいるのだろう。大学にもロクに行かず、日々を慰めのみのために使う存在。せめて、せめて勝利が自分を肯定してくれたら。あの萬子で待っていた上家を意味もなく恨む。あいつは今頃、気持ちよく寝ているのだろうか。ええい、萬子で待ってるやつもうGood night……

渋谷をさまよう伊沢が行き着いた答えは

まただ。ありとあらゆる渋谷のMが、どうしようもなかった自分の嫌な過去に繋がってしまう。何者でもなかった自分が、まだ亡霊のように街のあちこちに残存していた。私のGood nightは、あなたのGood nightではないのかもしれない

いろんなMがあって、様々な人が行き来している渋谷。良い思い出も悪い思い出も、ひとそれぞれだ。

どんなMであったとしても、そこで待っている人に罪はない。本質的には、やみくもなトレンドへの追従と、それを良しとし続けるこの街との決別、それこそが「Mで待ってるやつ もう Good night」の意義であろう。

 

日々を渋谷で浪費していたあのころから、随分と時間が経った。様々な経験を通して、少しは自分というものを確立できたような気がしている。この連載ができていることも、ある種その証明かもしれない。

俺はクイズ王の伊沢拓司。もうMを恨むこともなければ、頭だけいいやつでもない。Good nightされない存在なのだ。

 

 

 

 

「広く浅く聞き散らしてきました。」

 

広くて浅いやつもうGood night

 

 

……

スヤァ。


伊沢拓司の低倍速プレイリスト」は伊沢に余程のことがない限り毎週木曜日に公開します。Twitterのハッシュタグ「#伊沢拓司の低倍速プレイリスト」で感想をお寄せください。次回もお楽しみに。

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この記事を書いた人

伊沢拓司

QuizKnockCEO、発起人/東大経済学部卒、大学院中退。「クイズで知った面白い事」「クイズで出会った面白い人」をもっと広げたい! と思いスタートしました。高校生クイズ2連覇という肩書で、有難いことにテレビ等への出演機会を頂いてます。記事は「丁寧でカルトだが親しめる」が目標です。

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