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そもそも「芋虫の手」ってなんなんだ

そもそも「芋虫」という言葉は、我々が考えている以上に定義が曖昧である。チョウやガの幼虫のうち、目立った毛のないもののことを指して言うらしい。ここからわかるのは、主人公が毛深くないということくらいだ。

そもそもあんまり「手」と「芋虫」が結びつかない。だからこそ解釈が難しいのだろうが、改めて斬新な比喩である。

自分の脳内には手がかりがなかったのであれこれ調べてみたところ、興味深いものを見つけた。

「芋虫の錯覚」という現象について述べた、認知科学の論文である。

二人組で相手の手と自分の手を、指を組み合わせるようにして組み、組んでいない方の手で両者の組まれた指を同時に触る。このとき、自分の指がまるで他人の物のように感じられる……というのがこの「芋虫の錯覚」である。

自分の指がまるで別のもの、すなわち芋虫のように思えるからつけられた名前だろうか。ためしにやってみたところ、自意識が強すぎたのか私自身はこの錯覚を味わえなかったが、芋虫と手というものを結びつけるうえでは見逃せない現象であろう。

ただ、この場合「芋虫」と呼ばれているのは指であって、手ではない

遠藤周作の名作『海と毒薬』にも「芋虫のような太い指の動き」という表現が登場するように、芋虫のイメージを負うのはもっぱらその細長い形が類似する「指」であり、「手」ではない。あくまで今回は「芋虫の右手」なのだから、ビジュアルのイメージからは離れて考える必要があるだろう。

芋虫の手に握られていたものは

「芋虫の右手」というフレーズそのものとにらめっこしていても、なかなか答えは出ない。だからこそ解釈が難しい。こういうときは、観察対象をもう少しマクロに見ていく必要があるだろう。芋虫の持つ生物学的なイメージから少し離れてみたい。この連載お得意の技だ、ここで魅せて読者を増やしたいところである。

……とはいえ、蝶ならまだしも、芋虫というのはなかなかにイメージしづらい対象だ。「定番のイメージ」のようなものもあまりなく、文化的にどうこう言うのが難しい。

数少ない事例を無理やり挙げるとしたら、『不思議の国のアリス』に登場する芋虫であろう。

▲『ふしぎの国のアリス』に登場する芋虫。シーシャを吸っている

体が小さくなってしまったアリスの前に現れた芋虫は、アリスに難解な問いかけを繰り返す。次第に嫌気がさしたアリスだったが、別れ際に芋虫は体のサイズを戻すための示唆しさを残してくれるのだった。めっちゃ有名、というわけではないが、同作品における重要な場面の一つだと言えよう。

注目したいのは、このときの芋虫の挙動である。彼は終始落ち着いていて、それでいて気だるそうにアリスと喋る。彼(?)の手には水パイプ、いわゆるシーシャが握られていて、プカプカとそれをふかしながら応対するのである。

なんだか“分かった”気がしてきましたが……

となると、だ。芋虫の右手というのは……シーシャでチルってるということなのではないだろうか。

私もシーシャを嗜んでいるが、確かに心地よく煙を吸っているとなんとなく食欲が失せていく気がする。クリームパンの味がしないのも、シーシャのフレーバーが効いているからだと思えばわからなくもない。炭の状態がいいのか、ミックスがうまいのか……チャラくない、本格的な作り手によるものだろう。ニコチンありのシーシャであれば、「毒が抜けない」という表現も理解できる。

……まあ、理解できても納得はできないのだが。フラれてバチバチに落ち込んでるのにチルっているんじゃあないよ。

危うく名誉欲にかられて、突飛さに身を任せてしまうところだった、危ない危ない。比喩を解釈するためには丁寧な読解が必要だと最初に言ったじゃないか。あくまで堅実な解釈をしていくべきだぞ伊沢拓司

「現実味」を大切に考えてみたら

なんというかもう少し、現実味のある見方が欲しい。スコープを更に広げてみよう。

これまで、私は「芋虫」「右手」という単語に拘泥こうでいしすぎていたきらいがある。歌詞は「食欲のない芋虫の右手」なのだ。「食欲のない芋虫」という表現自体が、よく考えたらちょっと変である。本来、成長のために食べまくるはずの芋虫の食欲がないとは、コレ如何いかに。

そしてこれもまたよくよく調べてみると、注目すべき研究結果に出会うことができた。こんな寄り道ばっかりやってるから週刊連載じゃなくなっちゃったのよコレ

植物の中には、自らを守るために芋虫の食欲を削ぐものがいるのである。

トマトなどの植物は、芋虫に食べられそうになると、ジャスモン酸メチルと呼ばれる物質を出す。これは自らの食味を落とすものであり、分泌された後には芋虫による食害が減り、芋虫は葉を食べないどころか、食べ物に困って共食いを始めるのだという。どんだけマズいんだ

▲共食いの引き金になっていたとは

これはまさに、「食欲のない芋虫」を生み出していると言えるだろう。食欲がなくなることが直接の死には繋がらないにしても、芋虫にとってジャスモン酸メチルは明確な「毒」である。「腹が立つほど毒が抜けない」から、「食欲のない芋虫」になってしまっているのだ。いい塩梅に歌詞がリンクし始めた。この解釈はいい線いってるんじゃない……????

さらにこんなことも考えられる……のか?

そもそも芋虫は、特定の植物以外を口にせず育っていく。ナミアゲハはミカン科、キアゲハはセリ科……のように、種ごとに決まった葉ばかりを食べるのだ。こだわり派である。これもまた、「あなた以外は見えない」的な純愛要素に通じるだろう。

そんなあなたが、毒を残していなくなってしまった。拒絶という毒のせいか、あなた以外は眼中にないのか……主人公は欲のない状態になったのだ。その境遇は、まさに芋虫である。おお、だいぶうまくハマったぞ

作詞者がジャスモン酸メチルのことを知っていたかはともかく、芋虫と食の関係性にこそ、この比喩の「捨象されない本質」があるような気がする。そこにプラスで芋虫の緩慢な動きなども想起され、放心して動くこともできない今の心情が歌われているのだろう。

「芋虫」が他に余計な情報を余り持たない、それこそ私が無理矢理にでも調べないと出てこないような背景情報くらいしか纏っていないからこそ、この比喩はより上手に機能する。難解ながらも、あまり突拍子もないことにはならない、イメージを共有する手段として優れた表現だと言えよう。

と、いった感じで、本連載では流行歌の歌詞を徹底追求し、丁寧に追っていく真剣なテキストを定期的にお届けしています。国語力を高めたい方、カラオケで情感を込めたい方、シンガーソングライターを目指す方、ぜひ、ぜひ継続してお読みください!!! 私は、これからも真面目一直線に、歌詞の秘密を追求し続けます!!


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この記事を書いた人

伊沢拓司

QuizKnockCEO、発起人/東大経済学部卒、大学院中退。「クイズで知った面白い事」「クイズで出会った面白い人」をもっと広げたい! と思いスタートしました。高校生クイズ2連覇という肩書で、有難いことにテレビ等への出演機会を頂いてます。記事は「丁寧でカルトだが親しめる」が目標です。

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